学校という場所

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私は、学校という場所は、子どもたちからみて「不合理」なこと、「問答無用」のことが、本来は、一つでもあってはならない場所だと思います。「一事が万事」という言葉がありますが、一つでもあれば、子どもたちは敏感にそれを感じとります。信頼が損なわれることにもなりかねません。「日の丸・君が代」強制にさいして、多くの教師たちが、「三年間かかってえた信頼が、四十秒で壊されるのではないか」と苦しんでいるのは、本当に胸が痛みます。処分で脅迫され無理やり歌わされる教師。教師を「人質」にとって子どもたちに斉唱を強要する学校。この現実がどれだけ子どもたちの心を傷つけ、教育への信頼を失墜させているかは、はかりしれないものがあります。「日の丸・君が代」の無法な強制は、ただちにやめるべきだということを、私は、強く要求するものであります。(拍手)
市民道徳、国家と内心、政治の役割――日本共産党はこう考える

 日本共産党は、一九七〇年代、八〇年代から、教育の場で、学力、体育、情操とともに、民主的な市民道徳を培うことが重要だと主張してきました。一九九七年の第二十一回党大会では、市民道徳の内容として十項目の内容を提起し、その一つとして、諸国民友好の精神にたった愛国心を培うこともあげています。私たちは、これらは憲法と教育基本法の民主的原則からおのずと導きだされる内容だと考えています。

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  •  同時に、わが党は、民主的な市民道徳は、法律によって義務づけられ強制されるべきものではないと主張しています。何を市民道徳の基準にするかは、国家が上から押しつけるのでなく、国民的な討論と合意によって形成されていくべきものであります。そして市民道徳は、一人ひとりの子どもたちの「人格の完成」をめざす、教育の自由で自主的な営みを通じて培われるべきものであります。